探索作業・第一次 (里境)    条里制復元 WorkShop




   規  範



    <作業の目的>

  TopPage にも記したように、『地表に顕れた 「遺構」 を基にして、「条理のメッシュ」 が復元できるか?』 という命題を Web の中で追究するのが作業の目的です。


    <具体的に検証したいこと>

  まず最初に、何を信じて、何を疑うかを明確にする必要があると思われます。  まず、日本列島の広い範囲に、「班田収授制」 に基づく 「条里制」 が敷衍され、その痕跡が残っていること。  寸法としては、一辺がおよそ100m (109mとの説が一般的) の正方形 [坪] の、更にそれらを縦横6個収容する一辺が およそ650mの田畑 [里] が認められること。  ・・・からスタートします。
  条里 (畝や水路) の方位は、東西/南北に [現代土木学が驚くほど] 正確に一致する一群と、大きくずれる一群があるようです。  山や川の自然要因を考慮して 南北方位を外すことは充分あり得ることでしょうが、その要因が強くないのに角度にして20度〜30度ずれている例は [現代人の常識からすると] 逆に、謎に満ちています。

  さて、疑問点の整理です;-
  1) 往時の技術で、南北方位はどのぐらいの精度を持っていたのだろうか?  これは、単に技術史論の興味ではなく、我々が南北線に沿う遺構を 探す努力をいくらしても、彼らの基軸がずれていたら空論に終わるからです。
  2) 1町=109m という前提は正しいのか?  また、現場で、それがどの精度で実現できたのか?  これについても同じ議論です。
  3) 地域ごとの 「基準点」 はあったのか?  あったとすれば、どのように選定されたのか?

  項目1)と2)は、はじめから疑って掛かることにします。  <このサイト開設を決めた時点 [05/10/21] の予備調査では、対象地域に限っては、 2つの項目は相当の精度を示しているようです>
  項目3)は更に興味深いことですが、この WorkShp で結論が得られることは期待していません。  この稿に着手した後の文献調査によると、 地方によっては、「縄目石」あるいはそれが訛った呼称の境界石(小児体より小さい程度の)が地表に現存する例は指摘されていますが、後世の設定だとする説が強いようです。
  具体的な地形 (多くの場合、遠方から視認できる山頂/峠など) を提案する説はありますが、一般論まで展開できていません。  筆者は、神社を依り代に選ぶ仮説を 持っていますが、基準になるべき神社を 「延喜式」 の中から選ぶのでは、200年待たねばいけないのです。  つまり、延喜式に記載がある社を現存のものに比定できても、それが 既に、その200年前にランドマークであったことを推定はできても、証明するのは幾らか困難なのです。



    <対象とする地理的範囲>

  今回の考察対象は、敢えて、「岡山市津島」 とその周辺とします。  少し広めに設定した、「岡山市街域」 で条里制遺構の色が濃いところは、 東に「竜の口地区」、南に 「鹿田周辺」 があり、今回注目する 「旧・岡山市街北部」 があります。  更に視野を広げれば、「一宮」 や 「津高」 のことも忘れてはいけません。  また、 「竜の口の東の旧・上道域」 にも興味は尽きません。

  対象教材として、この地域を選んだ理由は3つあります;−
  第一に、狭い領域ながら、条里の存在を推定させる 「遺構」 が、その後の 開発の過程でよく継承されていると思われる点があります。  それは、のちに 「備前の国」 の城下町になる過程で円滑に移行したことによると思われます。
  第二に、この地域のほぼ中央の 「津島遺跡」 群の調査がよく (深く(?)) なされていることです。  つまり、考察の最後に 用いられるべき 「物的証拠」 に恵まれている(!)ということです。
  第三の理由は、筆者の個人史に関係するもので、筆者がこの地の周辺に五十余年 生息しているゆえです。  この地で、殆んど全ての学歴を得て、生活の 糧も基盤もこの地に負うてきたからです。  このことは、「贔屓の引き倒し」 的な危険性をはらんでいるものの、「現場を知っている」 強味でもあります。


    <時間の座標について>

  時の流れで、大きい節目がいくつかあります。  最初は、出発の時点 = 班田の制が施行された時期です。  その次は、戦国の時代、つまり、城下町が 形成されてゆく時期です。   近現代に近づくと、藩政奉還 (文明開化)、その後の富国強兵の流れの影響はまた無視できません。  焦土化・敗戦/高度成長/列島改造・・・  も事態を大きく変化させています。   つまり、これらの節目は、地表の地形自体を変えただけでなく、「地名」 という座標軸 (次段で議論) までも改変してしまったからです。
  この 「地名」 の問題は深刻で、時間とともに消長し、変遷します。 宛てられる文字が替わって、現意が失われる例も少なくありません。 また、言葉の定義が時代とともに変化します。 例えば、「山陽道」 と書いたとき、どの時点の呼称を指すのかで内容 (位置) が変わってしまううからです。  このサイトでは、 形容字句・注釈を冠することで、誤解を避ける努力をする予定です。


    <空間の座標について>

  上にも述べたように、多くの場合、条里施行(施工)当時の基準点が我々には判りませんから、自分達で適宜に選ぶことになります。  その選定次第で、議論が大きく逸れる心配があります。   その選定基準については後に実務的に述べます。
  作業の技術上の理由から、空間位置を 「基準点からの距離」 で議論しないで、「Web内在の地図」 が提供する経度緯度で表現します。  詳しく述べませんが、 実距離で述べるより、経度緯度の情報を使う利点はいくつかあります。  例えば、条理の基軸が南北からずれているときの検証に便利だと言えます。
  我々が利用できる Web地図は、3種ありますが、最初は 「Yahoo 地図」 を採用しようと考えました。  それぞれ一長一短ですが、2〜3の理由を上げる ことができたからです。  然し、「こぼればなし」 に書くように、一つだけ実用性において煩わしい要素が見つかったので、主として「Google 地図」 を採用し、 検証用などの必要に応じて、他の2種も利用しました。  このような利用を各社の規約は禁じていないでしょうが、大きな利便を得たことに感謝します。
  現在、容易に利用できるものとして GPS 計測技術を用意して現地を歩く手法がありますが、今回は用いませんでした。  近未来の課題として残るかもしれません。

  09/11/06の註) 執筆開始当初に比べて、利用できるWEB地図の範囲が広がりました。この註記の時点では、国土地理院提供のサービスや府県(この場合岡山県)提供のGIS地図サービスが活用できます。


    < こぼればなし  @05年段階 >
  今の作業をするとき、「Yahoo 地図」は問題もあるが、捨て難いところがあります。  標的点を画面上でワン・クリックすると、その点が画面中央に移動表示さ れ、明確に カーソルが表示されます。  ただ、URL にあからさまに示される経度緯度(度、分、秒表示)の数値は、『! 直前にクリックされた点の値!』 なのです。  気が付くまでに、 相当な時間をロスしてしまいました。
  「Google 地図」 は、画面移動はドローとW・クリックの2つの方法が選べますが、センター・カーソルが明示されません。   また、途中で表示倍率を変えると、センターポイントが保持されません。  緯度経度表示は、「度」 だけの小数点表示で、長所か短所か評価が分かれるでしょう。
  上記の状況はその後変わりました。 2005年には、経緯度の世界標準への移行が不充分の例があり問題でした。



    
<想定上の原点(仮設定)>

  話を具体的に進めます。  当分の間の議論の基準として、仮に、想定上の原点を選ぶために、『岡山大学(津島)のいわゆる 「銀杏並木」 の道に沿う東側水路 [南北線] 』と 『岡山放送・株の正門(南門)前の細い小径 と 京山中学南門前の径 とを結ぶ線 [東西基線] 』 を設定し、その交点を 『原点(仮)』 としましょう。
  なぜ、この二つの基線を設定したか? なぜ、その交点が 『原点』 に相応しいかは、今は深く議論しませんが、この点は 「伊福郷」 の北東の隅で、「津島郷」 と 「弘世(広瀬)郷」 が接する点に相当します。
  議論を進めるに従って、『原点』 を他に求めることの可否は再検討されるはずです。  この点を原点に選んだことの唯一の弱点は、この点が 桃太郎スタジアム [まさに、 執筆の時点に、「岡山国体(二順目)」 で賑わうメインスタンド] のフィールド内 [第3コーナーの直ぐ内側辺りか?] にあるので、去りし日を想像させる地上の遺構が何もないことです。

  想定原点 第3コーナー


    <再び、空間座標について>

  想定上の里境/坪境の線や、その交点を表現する必要があるとき、上述の 「仮の原点」/「仮の基準線」からの 「想定距離」 で表現します。  「300尺 = 109m」 の換算が 正しいとすれば、坪境や里境はこの基準線から、109m隔たったメッシュ作るはずだからです。  そのメッシュに整数の番号をつけます。  具体的に書けば、ここで考えた原点の 属する 「里」 の南西隅は座標表示で [−6,−6]と表わし、この 「里」 の西に接する 「里」 の北西隅は [−12,0] で表わすものとします。  原点の属する 「坪」 の南東隅 は [0,−1] の座標で表現されます。
      


   誤差の評価のための実験


    <Web 地図のクリック位置精度>

     この部分は、2010年代の改定版作成時に、新たに書かれる予定です。