ストリートビュー (By Google) による      2012・02・03 開設

     標 石 の 直 視    ( すとれ−と・びゅー )

 標石の平面的な画像 (撮影写真) をべたベタ貼りつけるのも一つのスタイルですが、ここでは標石が
実際に立っている風景に案内しましょう。 それには Google 社が提供するストリートビューのサービスが使えそうです。
しかし、それは考えるほど容易ではありません。 Google 社のサービスは主要国道の沿線を想定している
にもかかわらず、標石はそれを少し外れた、現国道の旧道にある場合が多いからです。

 1) 国道181号線 (出雲街道)
 最初に、わが岡山県の例の私が直接関わった例を示します;−
 津山から西へ進む、出雲街道の 「距 津山元標六里」 は 35.075582,133.773069 に立ちます。 行政名で言えば、
真庭市久世町目木の181号線北側、「引越しのサンキュー便」 前にあります。 道を隔てた南には 「カレーさんはうす」が
あります。

       

    1) 出雲街道六里                       2) 宮崎小林秀峰高校入口 宮崎十四里

 さて、この標石をストリートビューで直視するには、Google サービスの 「地図」 を選んで、その検索キーワード欄に
上記の 北緯,東経 の数値をペーストして目的位置に到達します。 「この場所」 に 「ズームインして詳細を表示」 します。
カメラの方位が適切でないかも知れませんから、適宜に操作して下さい。
 この場合、碑が路側の近いところに立つので、ストリートビュー (SV) では碑面の文字を鮮明に捉えていません。 
なお、SV 画像の奥の玄関脇にもう一本ある石柱は道標類ではありません。


 2) 国道268号線・小林秀峰高校入口
 宮崎県立小林秀峰高校のHP
     =http://cms.miyazaki-c.ed.jp/6050/htdocs/index.php?page_id=0
で、「距 宮崎元標十四里」 の存在をキャッチしました。 高校に連絡したところ、詳細に教えて下さり、画像や情報を
頂きました。 碑面の刻字は別の場所に詳しく書く予定ですが、立っている位置は 31.987679,130.991152 です。
建立年は「明治三十九年十月」 と読めます。
中古車販売店の敷地に食い込んでいるようで、見つけ難いかも知れません。 文字は読めませんね。


 3) 津和野街道  (スチル写真準備中)
 津和野街道に 「距 廿日市里程標弐里」 が立ちます。 「壹里」 は既に再録し、「岡山びと」 の論文にも報告
していますが、2011年末に、ブログ・ 「『はつかいち』ぶらり」
     = http://blog.goo.ne.jp/hera_001/e/c134c00ae5996e2c7e24bf909f7eb07a
を再発見し、その管理人に情報提供して頂き、大変お世話になりました。
 標石は、広島県道30号線の旧道に立つが、たまたま現行道路に再合流する位置 = 34.351623,132.274514
に当たり、今は、廿日市元標を背にして旧道をす進むとき右手にあります。 少し移動させられた可能性があります
その西の明石峠には旧宮内村の西端を示す管轄標があります。 <これも SV で見えますが〜〜>

☆☆ 2012.02.09 追加記載
  私の認識が間違っていなければ、旧宮内村の東隣が旧平良村です。 ここが 「廿日市」 の中心地で、旧廿日市町は
 ここが中核になりました。 その、宮内村と平良村の村境碑 (明治33年) が 「『はつかいち』ぶらり」 に掲載されました。
 残念ながら、SVでは国道2号線 (在来線) の串戸信号付近は明瞭に見えますが、その西の方はよく判りません。
 つまり、一等水準点#1676のfラッグを探したが、SVには写っていません。 
 水準点位置は132度20分56秒4/34度19分46秒6 です。
 上に述べた壱里/弐里/管轄標 を同じ兄弟とするとき、年代も近く、従兄弟ぐらいの関係ですね。 

                                                         ここまで ☆☆

 4) ストリートビューに 「写っていない」 事例  
 広島市佐伯区楽々園の 「壹里標」 =元安橋から三里が、近年(08年12月30日以前)、修復・復元されました。
 位置は国道2号線の旧道(山陽道)で、 34.364171,132.349736 です。 100mほど東方には 「楽々園の街道松」 が
あります。 ストリートビューでは、川縁のガードレールの奥の三角地に小さい丸柱の石が写っていますが、これは
昔この位置にあった 「御筋橋」 の親柱です。 ストリートビュー撮影(08年10月)は修復直前になされたので、
「写っていない」 のです。 この碑はこのページの管理者が直接取材しました。

    


 5) 長崎県 国道206号線 (スチル写真準備中)
 かねて交流のあった 「みさき道人」 さんから、ブログ
    =http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/62065930.html
に新しい標石を掲載していることを教えられました。 そのうち、西彼町の 「山中」 バス停に立つ例を注目します。
32.975044,129.781583 の位置にあります。 なお、SV映像では、角度によってはバス停標識の後ろに隠れますから
注意して下さい。正面から見れば 「九里標」 が鮮明に読みとれます。
この道路 (当時の通称:内海県道) の整備が明治38年ですから、その直後の建設だと理解されています。

 6)「距 加世田四里」 準備中
    31.353784,130.484818

 7)「距 加世田??」 準備中
    31.412073,130.252619

 8)大阪  「暗越奈良街道 壱里」
 WEBの中ではよく知られている。
    34.674057,135.537976

 9)大阪 同上 「距高麗橋元標二里廿丁」
 民家の門先にある。 背景の民家が立て替えられた時期まで推定できるのでチョット恐ろしい。
    34.670064,135.575752