【 おことわり & いいわけ 】
  著作権の問題: WEBの中の 学術的な 意味の 「著作権」 には様々な問題を含んでいます。 誤解を恐れずに書くならば、「所有権(財産権)」 を護ることと 「記載内容を防衛する権利」 (記載内容の趣旨を改変をされない権利 /『盗作行為をとがめる』 こと) は本来別のことです。 昨今では 『財産権』 ばかりが表に出て、ルールが未成熟のまま放置されています。
  引用について、一般論としては、『リンク』 がありますが、相手の匿名性が強いために、学術議論ができないことや引用元が日々変容する例が多いこと、更には、引用元情報の正確さが疑わしい場合への対処もあります。 また、このHPの趣意=『図鑑』 から、「視覚的対比・比較すること」 も重要な要素で、画像の直接引用は望ましいところです。
  とはいえ、この HP も著作権の問題を避けることはできません。 できる限り出典を記しましたが時間的/技術的制約から不充分です。

 これらの問題を充分に解決しないまま、見切り発進したところ『不適切引用』 の指摘を頂きました。
 画像引用を含むページを、只今、部分閉鎖しています。 ご了承ください。

このような状況下にあるので、開設者(私)の 『著作権』 を声高に主張する積りはありません。 この記事が皆さんの調べ物の手がかりになることを希うばかりです。

    え”?!    「このHPはオマージュでなくコラージュ (継ぎ接ぎ細工) だ」 って?! 
  
 【 HP 開設の趣意 】
  2007年頃から、明治期の道路に関わる標石/木柱類の情報を、意識的に集積してきました。
最初は、標記のミュージアムのたくさんの調査・研究テーマの一つでしたが、「道路行政を読み説くことの
重要性」に気付かされ、「標石が失われ、改変されることへの危惧」 も目的意識の大きな部分になりました。

  最初は、純然とした私的メモ帳であったものを公開することに踏み切りました。 その意味で 「文化財」
として保護されることが稀な、明治期/幕末期の標石類にオマージュ (臣従礼) を捧げる気持ちです。
大仰に言えば、「石柱類レッド・ブック」を編集しているのかもしれません。
 


        標柱図鑑 改版中

                                            2015・11・20 ホスト・サーバー改善 ●

             〜明治期標石・標柱類 博物館〜   

                               By 熊ぷー@岡山シティミュージアム・市民学芸員  Mail
                                      2012年10月 岡山市デジタルミュージアム から改称

                                               Established 2010/04/29 13:00
                                            Started to Revise 2015/11/26

                  個人的責任で開設したもので、上記ミュージアムは関与しません。


    改訂が追い付いていません。 下記の、ミュージアム紀要の記載内容が最新です。

    緊急掲載 A: 長崎県の場合  宮崎県の場合 (膨大な記録を紹介する予定)  鹿児島県の場合   <2012年>

    緊急掲載 B: 岡山市デジタルミュージアム(当時)紀要 「岡山びと」 掲載論文 初報&二報 [PDF版] (クリック) 
                                                2016年4月  第三報 掲載しました

    緊急掲載 C: 2012年夏以降に再発見した里程標石 (クリック)   D: 標柱の直視(すとれーとびゅー





  










  


























   ここでは、最終的には、標石の形態的・系統的な分類を試みますが、たとえていえば、昆虫採集のような作業です。
 そこで、昆虫図鑑になぞらえて 『標柱図鑑』 と名付けました。 現況は、『標柱標本の収蔵庫』 です。
 最初から分類をするのは実は困難で、仮の分類をするとすぐに 「新種」 や 「亜種」 が出て来ます。
 「種」 だけでなく、「科」 「目」 まで新しくする必要があったりします。       >> 系統樹の試み(準備中)

   気を付けなければいけないのは、「遺伝子操作に拠る新種」 の出現です。 羊の 「ドーリー」 ほど著名なコピーで、
 そのことが明示的に伝えられていれば許せるのですが、「不完全なDNA」 を持つものも混じります。
 不完全なコピー自体が 「歴史的事実」 であり 「史料」 なので排除できないが、見極めに、注意を要します。

   石標(木柱)類で言えば、 原初の設置者による修復・復元・改築/他から強く影響を受けた遅れてきた原初作品/
 後世の学術的修復・レプリカ/啓発的・記念碑的 「復元物」  の混在です。 最後の 「記念碑的」 作品では、平成期の
 「町興し」、大正初期の 「青年團・青年会/大典記念」 が特徴的です。


      明治期 里程元標画像集のページ  部分閉鎖中

      明治期 里程元標の復元バリエーションのページ  

      明治期 里程標
        明治期 連番型里程標のページ
         註) 仮に、連番型と名付けたのは、岡山県/宮城県/宮崎県 などで見られるように、整数里程の連番で建てられたシリーズ型。

        明治期 非連番型里程標のページ  閉鎖中
         註) 整数連番にこだわらないで、町村単位の中心位置に建てられたもの。 大正期の 「道路元標」 と並立する場合も多い。
            宮崎県の例では、「連番」 「非連番」 が混在する。

      明治期 古写真・古地図に見る標柱類  閉鎖中

      明治期 管轄境界標のページ (準備中)


      分類困難碑石のページ  (予定)


      【余話・夜話】
         漂流する標石  
            県単位の里程元標は、現代社会の開発活動を受けて、移動させられます。
            邪魔にされた一般標石でも、『保存/保護』 されること自体は喜ばしいが、元情報が失われると、保存の意味がありません。

      【参考】
         江戸期の街道筋の里程標  閉鎖中
            江戸期の一里塚に、程番号を付した例
              豊後街道[柳川藩]/丹後田邊藩[舞鶴藩]/土佐街道[松山藩]/肥後の里木(豊前道と薩摩街道)

            精銅所への道筋の、およそ一里ごとの要所に里程標柱を立てた例 (秋月街道)

      参考文献のページ    (準備中)

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      別館 明治期標石の分類学 へ   (準備中)