2012・02・02 開設


    「岡山びと」 執筆後 (2010年秋以降) に判ったこと

  上に掲げた論文は、2011年の3月末発行ですから、原稿は2010年秋にはが手元を離れています。
 刷り上がりが私たちの手元に届いたのは、11年の夏です。

  脱稿から、刷りものを掲示した2012年2月までに、岡山県下の 「里程標」 に関して新たに 「発見」
 されたものについて記します。

  「距 津山標十三里」 の標石に関しては、論文に書いたが、その後の詰めはできていません。

  <距片上> 

  2011年10月に、「距 片上一里」 と 「距 片上二里」 が、いずれも実在することを確認しました。(写真準掲載備中)
 これは、津山から片上に下って来る標石に呼応するように、片上から津山に上って行くシリーズだと理解されます。
 裏面に 「岡山県」 と彫られますが、それ以外左右面は無刻で、年号はありません。
 石材は花崗岩で、寸法は五寸角 (約15cm) です。いずれも、舗装工事で、深植えになっています。

           

           距 片上一里                       距 片上二里
     ( 片上鉄道廃線・清水駅南約150m )         (JR和気駅南約500m 福富集落内)

  なお、「四里」 の目撃を示唆するような伝承はありますが、確定していません。


  <岡山十九里@勝山>  

  「岡山びと」 の論文をWEB公開し、このページを掲げる決心をさせた新しい発見について触れておきます。
  岡山県関係の地域史啓発のミニHPの中に、「距 岡山元標十九里」 を発見しました。
 真庭市 (旧・勝山市) の勝山図書館前庭にあると言われています。 深い雪を慮って、確認は春まで待つことになりそうです。
 HPの説明は明らかに誤っていて 「距 津山六里」 となっています。 津山からの距離を表現するときに、「元標」 あるいは 「標」を
 用いない表現は初めてで、かつ、勝山は出雲街道経由で津山から西のちょうど八里に当たりますから、その点でも
 つじつまが合いません。

  HPの画像を精査することで、「距 岡山元標十九里」 だと判りました。 他の面の刻字は判っていませんが、 碑表を見る限り、
 「距 岡山元標〜〜」 の標準型と理解できます。 ただ、他のラインにつながりませんから、経由地が判りません。

  勝山・岡山間の距離に関する既知の情報について記すならば、2件あります。
  1)勝山町史(前編:1974)によると、明治19年の当時の真島郡郡長が中央の指令を受けて各町村に宛てた 『郡達』 の綴り
 の中に、村々の中心に (岡山) 縣廰や大阪鎮臺/姫路營所までの距離標 (木標) を建てるよう郡長が通達したことを紹介しています。
 そこには、高田村 (勝山村[町] をへて、現・真庭市勝山)の例を挙げ、図入りで、県庁へ十八里五十一間余と書いています。 
  2)明治30年ごろの県全域図の付録部分の 『里程表』 には、「岡山県庁まで十八里十二町」 としています。

 上の2つの数字は、いずれも、「十九里」 には一里程度短いが、縣廰から更に元標までの距離 (約1km) を加算すればほぼ合点が
 ゆきます。 また、「十九里」 標石がもともと建っていた位置にも依存するので、確認する必要があります。
 別の資料 : 「岡山縣報明治二十二年」 には 「高田警察署(勝山村) 十八里一丁」 と、本署からの距離が、公告されています。

 真庭市立勝山図書館の協力で、この 「十九里」 の碑裏の文字が確認できました : 「明治十八年十二月  岡山縣」
 側面は無刻です。 詳しい議論は措くとして、「距 岡山元標」 型では特異的ではありません。

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  <若干の考察> 2012・02・07 補筆

  「岡山元標十九里」 の更なる考察は、現物を確認してからに行うとして、「距片上」 標石について考察します。 
 まず、片上鉄道 (廃線) は 「津山街道/片上道」 とは時代背景も目的も違いますが、事実上同じコースを通っています。
 鉄道の路線図によると、営業距離 (片上駅から) が清水駅=4.1km、片鉄・和気駅 (現・JRの南側に直結) =8.6kmで、
 「一里」、「二里」 標石の位置と整合します。 このことは、和気駅以北の 「三里/四里」 標石の探索 (伝承の確認)に有意です。

  他方で、片上・津山間の街道の距離は、従来 「十五 十二里半」 といわれています。 標石 (標木) が打たれた段階での
 出口、入口の状況や経路は既に変わっていたでしょうが、今の場合、北と南から、双方からの距離を示す標柱が見つかったことは
 注目を要します。 残念ながら、今のところ、両集団が出会い交差する事例は見つかっていませんが、少なくとも今ページの
 最上段で宿題のまま終えている 「距 津山標十三里」 の元の位置推定に役立ちそうです。
 「十三里」 は通称の 「十二里半」 の数値を越えてしまいますが、片上港の海辺ぎりぎりに立ったと仮想できます。
 このとき、 「津山標十一里」 が この同じライン上にあったと仮定すれば、「片上二里」 前後にあった計算になります。

  このことに関しては、「津山十一里」 標石に別の個体を示唆する伝承・記載もあるので、議論はここでやめておきます。 
 要するに、「津山標十三里」 に関する更なる 聴き取り調査や「片上三里/四里/五里」 を確定して、既に分かっている
 「津山 七里/九里」 と整合させる必要があります。