さうんど オブ さんど 

余所から 移設してきました.[99・03・01] 
それを機会に,学術的な意味を持たせるために,差し支えない限り,実名で書きます.

[最終稿:99/03/26|体裁変更05/10/20]

背景色は英語で 「SandyBrown」 と呼ばれる色です。 ドギツイですね。

<はじめに> − 父(山下 敬治)は存命なら丁度100歳 ; その記念に −

 父は,波屋・音屋でありました. も,少し詳しく言えば,物理屋と言う職種ですが,量子力学が台頭する直前に, 熱伝導学や音響学(振動論)の理論的基礎を根付かせることに貢献したと言えましょう. その意味で,波屋で,音屋でありました.
 京都にありましたから,寺寺の鐘を撞いて,和楽器を捜して記録にとどめておりました. 博士論文(京都帝國大学)の 主テーマが室内の残響(原文では『余響』)の研究で,副テーマが梵鐘(Japanese Hangin Bell)の振動周波数の研究でした. 和楽器の音の高さを比較研究することで,古代の物差しを復元することも夢に描いておりました. 笛の長さは,その時どき の物差しの単位長を反映しますから,それを知れば,極言すれば,政治や経済の状況が読めるはずなのです.
 やがて,時代の波は,そのような仕事を許すものではなく.航空工学(流体力学)の基礎を手掛けるようになりました.  その時代の流れの中で,当時の実質的植民地・旅順[旅順工科大学]に渡り,後に囚われて大連[大連電気専門学校/大連大学] で働きました.
 その中で,一貫して,海や川や山の砂を踏むと鳴る(鳴く,歌う)のを夢として,実学として,調べて居りました.  帰国してからは,実際に,例えば島根県の馬路村[当時]・琴が浜から砂を持ち帰って,鳴らす工夫をしていました. 器に 入れたものをすりこぎで突いたり,木綿の袋に入れて1m程度の高さから落としたりするのを,私も手伝ったものでした. その音を ひとことで表現するのは難しいのですが,言い古された表現では,“片栗粉を指でひねったような音”です. 当時の研究成果 については,いま,文献を整理しているところですが,なぜか,纏まったものは残っておりません. 大学行政に割く時間が 多かったせいかも知れません.
 今では,日本国内で,川の砂は既に鳴らなくなり,山の砂で鳴るのも,恐らく全国で1ヶ所になったと思われます.
・・・・
 このような状況で,これから,このWebの上に,鳴き砂・鳴り砂の情報を集積したいと思っています.

 いま,私の手許には,古いペン書きの文献カード(コピー機やワープロがなかった時代なので)の束と,新帯[にいのみ]國太郎博士 に関する短い新聞記事と,新帯博士か,後に述べる『中村先生』を経由して伝わったと思われる小川琢治教授の手になる[推定] 上海・源典の便箋に書かれた毛筆のメモとが残されています. 小川教授は,皆さんご存じの湯川秀樹博士達4兄弟のご実父で, 京都帝國大学の地学教室の重鎮であった人です.[99/03/26・一部分訂正]
 カード類が収められていた封筒は,南満州鐵道KKのもので,差出人の署名は新帯博士の自筆のものです. 宛先は,帝大の 地質学教室・ 中村新太郎先生になっています. なお,文献カードの筆跡の鑑定が済んでいませんから,どれだけが新帯博士によるものか, 中村教授に依るものも含まれるのか, カードの主な部分が元来その封筒に入れて送られたのか否かなどは今後の研究課題です. 明らかに山下敬治に依るカードが約30枚 含まれていることは,筆跡とその習慣とから判ります. また,封筒の日付は明確に読みとれますが,今は(細かい判断が済んで いませんから),公表しないでおきます.
 新帯博士や,上に記した諸先輩のこと,カードに登場する人々[日本人]については,判明次第,追って,別項に記載して行く予定 にしています.

 <鳴り砂の歴史と分布>

 鳴り砂のことは,古代中国の文献に詳しく見ることができます. また,聖書時代より古いシナイ半島辺りでも記載が残っていて, また,エジプトのピラミッドの中にも,本来鳴ったであろうものが発見されたと聴いたことがあります.
 中国の文献では,砂漠の砂山は,“鳴る”とする表現もありますが,“唸る”に近い表現もあるようです. 英語表現から来た “ブーミング”と表記される場合もあります.
 英語の言語表記には,Barking Sand と言うものすらあります. が,一般的には“Singing”でしょう. 学術誌に多い表記は, Singing Sand(s) や Musical Sand(s) です.
 ハワイのカウワイ島にも,鳴り砂が実在し,原住民の中には,その伝説・説話があるのですね[TVの『体験記』などで,時折 放映されます].

 <ネットの中で>

 ネットの中を調べていると,建設省の現場のHP[http://未対応]に,ひとつだけ記載を見つけることが出来ます.  これには,全国の分布図も観られます.[98年春の記載]
 半年振りに調べてみると[98年秋],4系統20件ほどのページが見つかりました. 系統的な整理が出来次第,此処へ アップする予定です.
 大学などの研究機関で,鳴り砂を正面から研究して居られる方は幾らかあります. 父の学問上の縁続きの人もありますが, それは別にして,同志社大学(現・名誉教授)の三輪さんがいちばん高名です[文字通り“先生”と呼ぶに相応しい方ですが, ネットの中でセンセでもありますまいから,その意味で,こう呼ばせて頂きましょう・・]. 三輪さん自身の充実したHPも, 更に拡充を続けておられるようです. あと,2〜3の人達のお名前をマークアップしていますが,適切なHPを示せるのかどうか 調査中です.

 <リアル世界で>

 国内の中国地方では,島根県の仁摩[旧・馬路村]の例が有名で,その関連で大きい大きい,一年砂時計を創って, ミュージアムになっているのは良く知られています.
 それだけでなく,村おこしの感覚で,日本全国から鳴り砂・鳴き砂のある自治体が名乗り合って,持ち回りで,サミットを 開いています. 1992年3月,仁摩町で開催され,8つの市町村の代表が参加しました.

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