遍路のことなど(阿波國を往く)

98年1月〜99年4月


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十二番・焼山寺以前のことは,別のところ,『歩き始め』 に記載しています.







 < 十一番・藤井寺へ[古道・遍路みち] > 二重記載[00/07/17]=回想

  一昨年(98年)の体験を,記録を見ないで,想い出すままに記す. 藤井寺へは,藤の花が丁度済んでしまっていて,残念な思いをしたので, そのような既に暑い時期であったろう. 日帰りばかりの,三度目の歩きで,徳島の駅から七番・十樂寺までバスを使って,そこから 繋ぎ始めた.
  八番・熊谷/九番・法輪/十番・切幡/十一番・・と続く. 切幡寺は山懸かりだが,そののちに控えている難所に比べれば 初心向けで,あとの寺寺へはほぼ平坦地でうねうねとした道が続くだけである. しかし,総延長は短い一日の行程としては長く, 藤井寺を詣でたら,帰途に着くことにしていた.
  切幡寺のお山を降りて藤井寺までは,改めて地図を見ると,直線で7kmを超えるから,経路では12kmに迫るほどであろう.  吉野川の河川敷で,人参の収穫の甘い香りの風を嗅ぎながら延々と歩いたのを想い出す. 切幡寺迄に既に15kmほどは歩いている ので,藤井寺への最後の2kmは文字通り足を引きずる思いであった. 道際には,『遍路みち保存協力会』の案内の道しるべが 丁寧に準備されていた. 人にはめったに道を訊かないものだが,最終の岐路で,ジャージを着た地元のオッサンに右か左か訊ねた.  彼は,一瞥して,『どちらでも到達できるが,辛いけれど,こっちを選びなさい.』と教えてくれた. 足を引き擦っているのは, はっきり解ったはずなのに,辛い路を勧めてくれた.
  実は,蜜柑山を一山越えるだけの,遍路ものにすれば何ほどのこともない2kmであったが,その男を恨んだ. 25km余りの 炎天下の歩きの後の2kmを呪った. しかも,藤井寺から駅に帰り着くのに,更に4km程の道が約束されている.

  蜜柑の作業小屋の裏の,狭い土塀の隙間のような処に,案内札が立ててある. 誘[いざな]われて進むと,それが 古道であった. それまでにも,遍路みちを復元したところは二度三度歩いた. 切幡寺への接近でも遭遇した. しかし,それらは, せいぜい「コンクリートを使ってない工法」の域を出ていなかった. 藤井寺に近づく最後の100mは,私の記憶の中で,甘美な ものに置き換えられている虞れはあるが,自然物か人工物かすら区別の出来ないものであった. めまいがした. 思わず,素足に なるか,草鞋があれば履き替えたい心地であった.

  駅への道すがら,自家用車を走らせる初老の夫婦へんろの人が,駅までの同乗を強く勧めてくれた. 心優しく言うて下さったが, ここで楽をさせて貰っては,先ほどの余韻が消えそうであった.・・・ のを,まざまざと想い出す.



 < 鍵の重さ > 00/06・夏至の直後に=回想

  遍路みちで経験した,心の深層の体験は,余りひとに語るべきものでないと思ってきた. 夏至過ぎのある宵に, 酒肴噺しに口に出してしまったことなので,書きとどめてみる.
  藤井寺から焼山寺への山越えは,一番寺から順に打って来ると,3日目か4日目の行程であろう. まだ,初心抜けぬ頃で, 突然の長い山道に遭遇せしめられる. 壮絶な道のりである. 藤井寺で,藤棚が鬱とした感じであった記憶から,梅雨前の 季節だったのだろう. 公称20km弱の胸突き八丁の連続で,心身疲弊の渓に突き落とされる. 林間の道なので,晴朗な天気 も苦にならなかったが,全行程で,歩いて行くひとには出逢わない. 3時間歩くと,持ち物全てが疎ましくなり始める.
  靴を脱ぐわけに行かぬなら,沓下を捨てたいと思う. ベルトを打ち捨てて,藁しべで代わりをさせたいと思う. やがて, 靴もベルトも要らなくなる. 財布は邪魔になる. 万一の命の綱の地図も要らない.
  ポケットでちゃらちゃら鳴る鍵の10グラムが疎ましい. サラリーマン遍路は,帰路に予想外の事で帰還が遅れることを思って, 仕事場の鍵を家に残さないで,持って出る. 自宅の鍵と仕事場の鍵がチャラチャラと鳴る.

  2つの鍵は,『お前は,どちらの鍵を先に捨てるか!?』と迫ってくる.・・・・



 < 今回のコースは > 99/05/18=土佐編と重複/一部分字句修正01/09/10

  ウミガメの産卵で知られた日和佐の少し北,JRの駅で言えば,桑野か新野に近い平等寺から,薬王寺,鯖大師を経て, 室戸岬巡回・・・  でした. 総距離が200km程度に成ることが判っていたので,一泊でチャリを最大限度に使う ことで計画しました.

  出がけに,カミさんに,『景色なんか見てないんでしょう (余裕はないのでしょう)』 と言われて,肩の力が抜けて, 『行程を中断することを恐れない』のが佳いと悟りました.

  最初の日は,実質半日は,気分ゆったりと巡りました. 鯖大師の先までの70kmほど. (遍路びととしては) 信じられないほどの 高級ホテル (・・と言っても,都会で言えば駅前の出張族のホテル程度) に泊まって,翌朝は5:30スタート.



 < 熊野古道 > 99/04/30

  大きい催しがあるせいか,最近 『熊野古道』 とか,『南紀州』 の言葉をよく目にします. 興味が沸きます.(湧く?)   TVで,『隠り国(こもりく)』 と表現していました. 死者の,とりわけ,無念の死者の魂がさまよう地なので そうです.
  重要な街道筋であったはずなのに,昭和の30年代初頭に 『廃村』 になってしまった村の映像も出て来て,凄い仕上 がりでした.

  現今の軽いブームとしての 『お四国』 とは対極にある,魂の国のような印象を受けました.



 < 新幹線? > 99/04/07

 あるとき,隣の県の県都まで 『新幹線』 を使うかどうか話題になりました. これは,『現代人』 にとっては, けっこう,難しい設問です. つまり,悩みます. 旅の世界にも,効率を考える習慣が身に染みています.
  ポケッタブル自転車を利用して 『歩き遍路』 に挑んでみて,先回までと全く,感覚が変わっている自分に気づくのです.  つまり,先を急ぐわけです.

    もともと,お寺とお寺の間が長いために,1日10時間ほどの日程に組み込むのが難しいから,自転車の援けを借りる ことにしたのです. 先を急ぐ感覚はそのときから既に芽生えていたわけです. けれども,さて実行すると,10分 早かった,1時間得した・・ の感覚が先に立ってしまうのです.

  『歩く』 ということはこういうことだ,とつくづく気づかされたのでした. けれど,次もやはり,7.5kgの自転車を 担いで出掛けます. 多分.



 < 雨のち晴れ > 99/03/29

  十八番恩山寺,十九番立江寺,二十番鶴山寺,二十一番太龍寺,二十二番平等寺. ちょっと欲張りな行程でした. 行き帰り6時間,途中10時間移動距離約40km. 『移動距離』 と書いたのは,ポケッタブルサイクルとロープウェー を使ったからです.

  いずれ此処のどこかに詳しく書きますが,『文明の利器(?)』 を使うと,感覚まで微妙に変わってしまうものです.



 < 私の 『歩き』 のスタイルは >  99/03/27

  私のお遍路は,もとより求道的でもなく,やや体育会的な要素があるので,出立前のイメージトレーニングが大切 なのです. 休日遍路は,行き帰りに時間を費やすので,日帰りなら正味時間は5〜6時間で,歩いて高々25km です.

  もちろん,初めて行くところですから,地図を基に自己流4次元CGを頭の中に組み立てます. だから,こんな雨 の日は,集中力が途切れる. 明日に延ばして,24時間シフトすれば佳いというモノでもないのです.



 < また,足がすくんで >  99/03/23

  風に飛ばされそうなのがいや,とか雨に濡れたくない,とかで,歩きに出るのを日和ったのでした. 折角の連休に.



 < 阿波徳島・恩山寺に向かう> 99/03/20
 
  先の歩きでは,徳島市内を完全に横切る形で,小松島分の恩山寺に向かった. 途中にロシア正教会(ハリストス正教会) に属するチャーチがあると聴いていた. 遍路の途中に,キリスト教会訪問でもないと思ったけれども,そこには, 私の畏敬するイコン画家・白石孝子さんの壁画があるはずなので,外からだけでも 『詣って』 来ることにした.

  聞き覚えた 『にいはま』 という地名だけを頼りに,地図を捜した. 駅前の観光案内で訊いたら,ボランティア風の 老人には,『列車を乗り間違えたのでしょう?』 と,愛媛の新居浜を教えてくれた.
  『しんはま』 と呼ぶこと,しんはま と しんはまなか と にししんはま があることは,現地に辿り着いて知った.

  『ギリシャの風景』 に出てくるような,白壁塗りの佳いチャーチだった.(中に入れていただくことは,やはり, 躊躇った.)



 < 春遍路?>  99/03/17

  様々なメディアが,『春遍路』 って,煽って(?)います. 『あるき遍路』 って,わざわざ言う人もあります.

  それにしても,佳い季節に向かっていますねぇ.



 < 波及効果? > 99/02/26

  私が,ふたこと目には,お遍路の話をするものだから,最近では,回りのほうが熱心に(?)なって, 「また,行き ました?」とか,「未だ行かないのですか?」 と訊いて下さる.

  風が,心なしか,ほの暖かい感じになってきたけれど,私の稼業には,今の季節は,時間調整が難しい・・・・



 < 自転車を担ぐ,あるいは,背負う > 99/02/22

  遍路・巡礼とは,基本的に,行者道を往くことだから,特別な場合だけ,自動車で行くという概念が生まれる.   昔でも,いざり車 [敢えて,「放送禁止用語」 を承知で書く] で巡る例は幾らでもあった.

  そのような行程の中に,自転車を持ち込むということだから,行者道では担いで行くことになる. 麓に置いて 行くと,そこに再び帰る可能性は殆どないから・・ (再び同じ道に還らないことも,この旅の特徴だから)
  つまり,山道では汗をかき,平坦部で楽をする(距離あるいは時間を稼ぐ) ことになる. 変なようで,変でない??


 < 凄まじい人生 > 99/01/30

  ネットの中に,高見さんという人の,「遍路人生」が紹介 されていた. 説明,解説をできない生き様でした. 歩くとか,車で行くとかの次元ではありません.



 < 正直に言うと >  99/01/29

  60km(実は170km)をひとあしで歩き通すのは,体力があっても,普通のサラリーマンには無理な相談で・・
携帯自転車を買ってしまいました. さてさて.



 < 15里の道のり > 99/01/28

  あと,4ヶ寺を巡ると,室戸岬を廻って,土佐の国に入る. そのとき,およそ60km,昔風に言えば15里の 道行きが待っている. 長距離歩くときには,1時間に1里が佳いところだから,計算上15時間に当たる. そして, その先にも40kmと,70kmほどを歩かないと 「列車」 に乗れない.
 
  私のような,せいぜい一泊のサタディ・プリグラマには,行き帰りを考えると,殆ど不可能な数字である. 「攻略法」 を考えているところである.
  別に,「闘う」 わけではないけれど. 新大関のセリフではないが,始めての土地を地図に頼らずに 「歩く」 のには, 少なくとも,「攻める」 気迫を必要とする. 御大師様に 「委ねる」 心境には,当分成れないだろう・・・



 < 「道」 のこと > 99/01/23

  「道・路・途」 について書きます. 私の遍路旅は深遠なものはなく,ただひたすら歩くことにあります. ですから,できる限り,いにしえの人が歩いたであろうコース(道そのもの)を辿りたいのです. ところが, 今ではアスファルトに固められて,コースさへ分からなくなっています.

  今回の歩きでは,街中を横切るので,“旧国道”すら,何処から何処へ繋がっているか判らないこともありました. 山野の道には,保存会の努力で“へんろ路”のハガキほどの目印や直径5cm程のシールが用意されています.  見逃すほどひっそりと・・・. 肝心の分かれ道でそれを発見すること(出逢うこと)も心休まる一つの要素のです.  地図を見て,逐一カーナビに導かれるような歩きでなく,一枚の小さなシールに支えられている感覚が,私は,好きです.

  もう,一年歩けば,シールにも頼らないで,思いのままに歩いて,気がつけば昔の路だった・・・ ってなことに なりたいものです.



 < 5ヶ月振りに > 99/01/18

  夏の終わりの,8月末以来の,遍路旅に出かけました. 徳島の街の中を横切る25kmがメインコースでした. アスファルトの道を歩くのは,心身ともに辛いものがありました. 「これは,歩くべき道ではない. こんな コースのために歩いているのではない.」 トータル,8時間風が強い日でした.



 < 四国が呼ぶ,けれど,雑事が行かせない >  98/12/23

  その,雑事・雑念を振り解いて,無重力状態で巡るのが,ほんとの巡礼でしょうけど・・

  先の盆過ぎの歩きの,遍路道で口を付いて出てきた,五,七,五

    咳一つ 葛の花降る 行者路

    夜歩きの 白衣(びゃくえ)杖置く 眉の月



 < 遍路・ネット > 98/09/26

  お遍路のHPは沢山ありますが,例を掲げておきます. 遍路ネット



 < お四国する > 98/09/26|2001/03/19 一部補筆

  お四国する. と言うのは,今どきの語の,何にでもスルをつける以前から,連綿と使われていた言葉のようです. いろいろの解釈がありますが,根底に“異界を訪ねる”という意識が潜んでいるようです. <四国の方ゴメン>

 歩いてみると,直ぐには分からないが,次第に,オオッという体験はします. 佳い例は挙げられない・・・  先に述べたトリップ感もそうですけど.

  ファッションとして捉えているとしか思えない人々に逢うことが多いなかで,先日の,12番寺・焼山寺では, 20代半ばのMTB(マウンテンバイク)の青年(一人旅)に逢いました. 「遍路ころがし」 と呼ばれる,難所の 一つで,です.

  私が,エンジン付きのバイクかと勘違いしたものだから,彼はそれを察して,“これがエンジン!!” と自分の 脚を叩いて見せました. “これが車輪なのよ! 元気でな” と,私が応ずると・・・,“坂道は,結局,オッサンの方が 楽だよな” と言われました.



 < お遍路のこと > 98/09/19

  遍路旅のことなどは,ひとに言いふらすことでもないけれど,少しずつ書いてみます. 土曜遍路(サタデイ・ ピルグリマ)ですから,今年はめじから漸く16か寺を回りました. まだまだ,特別な体験をするほどでは ありませんが,8月の旅では,昼夜をつないで10時間あまり,50〜60km歩いて,幻覚・幻聴に近い体験は しました.
  平地に戻って,丁度1ヶ月になるのに,こうしてVDTの前にいても,突然,行者道にトリップするのです. 自分は,遍路道の上空にあって,その下を歩く自分を鳥瞰しているのです.
 ではまた.



十二番・焼山寺以前のことは,別のところ,『歩き始め』 (回想記事)に記載しています.