遍路の行程(初巡)

200年末結願

このページでは,第一巡の旅の行程(日程)を記録しています.
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果たさざる
出立の地/一番寺
これより土佐/二十四番寺
伊予へ到る/四十一番寺
此処は讃岐/六十六番寺

背景色 ビスケ 
文字色 マルーン



  怪我・故障,など

  どこか別の欄にも書きましたが,お陰で,本当にお陰で,怪我はありませんでした. 足裏を痛めることは,人並みでした.  一度だけ,香園寺・横峰寺の往復で,水のバランスを失いそうになっただけで,消化器系の問題も経験しませんでした.
  それが当たり前のように思っていましたが,八十番を過ぎて,帰還してからある人と話しているときに,当たり前のことでないのだと 気づかされました.

  ★失せもの 日付は忘れましたが,高知駅構内で,間食に竹輪を買って,暫くして小銭入れがポケットにありませんでした.  売店に戻ったら,僅か5分ほどのあいだに,助役室に届けてあり,手許に戻りました. 有り難いことです.

  ★失せもの 2000年の甘茶祭りの日に,急遽思い立って,三十九番・延光寺以降を目指して出立したときに,車中に 老眼鏡を置き忘れたようです. 地図や立案図の準備が不充分なまま,かつ,読めないまま,一泊の日程を無事に過ごしました.



  果たさなかったこと,など

  ●阿波の国では,ほぼ完遂できた. 二十一番・太龍寺からの降りでは,ロープウェーを使った. 自転車と共にした最初の道中 だったので,ロープウェーと折り畳み自転車の対比は我ながら可笑しかった. お鶴(二十番)から太龍寺へは,自転車を担いだ.

  ●同じく阿波の国で,十七番・井戸寺から恩山寺へは,故あって,平地の長丁場を遠回りしながら,耶蘇の教会(ハリストス・ ロシア正教会)の門前を通過した.

  ●土佐の国,二十七番・神峰寺を降って夕暮れを迎え,安芸市からバスに乗って,JR高知から帰宅した. 次巡で,土佐・大日寺は 土佐山田側から詣でたので,その間の35km程が 「途切れて」 いる.

  ●同じく土佐の国で,三十六番・青龍寺を出てから残り時間を費やし過ぎて,須崎から列車に乗る. 窪川での乗り継ぎ時間に, 闇の中で岩本寺の山門を詣でた [パスしたのも同然]. 最終列車で中村に到る.

  ●また,土佐の国,三十八番・金剛福寺から三十九番・延光寺に戻るのに,南回りで土佐清水まで来て雨に遭い, 竜串経由/三原町経由の予定を変更してバス/くろしお鉄道 [中村市経由] に切り替え. 延光寺を詣でて,宿毛から帰宅.

  ●伊予に入って,四十三番・明石寺から大宝寺への途を途中で帰宅したので,大洲で乗車. 次回は,内子から東進したので 大洲・内子間およそ10kmが 「途切れ」 た.

  ●伊予の国,五十三番・圓明寺から延命寺まではほぼ歩き通したが,延命寺を目前にして,伊予亀岡から帰宅した. 延命寺 へは,次回に今治から逆路を取った.
  2001年夏8月青木地蔵から延命寺まで,順路で,歩き繋いだ. 引き続き,南光坊まで歩き到った.

  ●伊予の国,五十九番・伊予国分寺と横峰寺の間は,伊予桜井から乗車して西条に泊まったので,25km程度 「途切れた」 ことになる. かつ,翌日,六十四番・前神寺から六十番・横峰寺へ逆打ちして,六十番から六十二番まで順戻りした.
  2001年夏8月,今治・伊予桜井の間を列車往復して,駅から国分寺の間を往復歩いて,先巡の記憶を確かめた.

  ●讃岐の国,八十一番・白峰寺を先に巡拝,八十二番を経ずに,八十番・讃岐国分寺に到る. ・・・・ 





  阿波の国

 ○98年1月20日[日帰り]
  連れ合いとは,最初と結願の日を共に行くこととして,この日一番寺から歩き始めた. 気が付けば,『初恵比寿』 の日であった.
  二番寺・極楽寺,三番寺・金泉寺まで進み,これ以上は諦めて駅に戻った. 三番からの帰途は,板野駅が近い.


 ○98年3月31日[日帰り]
  板野駅に降り立ち,三番・金泉寺から繋ぎを始める. 四番・大日寺(阿波・板野),五番・地蔵寺(&五百羅漢).
  梅の花が,わずかに,咲き残っていた.
  更に歩いて,六番・安楽/七番・十楽に到る. 安楽寺入り口に,阿波三盆の工場があったが,訪問するゆとりはない.
  多分,地元の媼であろう,大日寺で二声三声話した相手が,遥かに追い越したはずの媼が安楽寺で,ゆるりと到来,
  追いついてくる.

  十楽寺から,少し東に戻って,「東原」 停留所でバスに乗り板野駅(南)に帰着,JRに乗る. バスの中で,暗くなった.


 ○98年5月4日[日帰り]
  板野駅(南)からバスに乗って,安楽/十楽を再度参って,八番・熊谷寺に進む. 安楽/十楽の東辺りまでは,撫養街道
  (川北街道)=県道12号線を進んできたが,12号線は一本南に逸れるので,遍路人はそのまま旧街道 (県道139号) を西へ進む.
  切幡時までは,ほぼ,この道を往く.
  田んぼの中の九番・法輪寺では,うどんと草団子を喰らう.  法輪寺への路では,時の過ぎた土筆と,打ち捨てられた酢橘園.
  十番・切幡寺へは,緩やかな上り坂. 境内333段の石段は印象的
  十一番・藤井寺へは,吉野川と中州の一番広いところを横切る.  洋人参の最後の収穫期で,野原中香りわたっていた.
  藤井寺入り口で,郷の親父に勧められた路は,古い,古い遍路道であった. 印象的だった [別項].

  徳島線・鴨島駅に戻る約一里は,足裏全面マメで,難渋した. 初めての苦難!   総計,約30kmか?


 ◎98年8月23〜24日 [夜歩き・無泊] /累計4,5日目
  鴨島駅から,藤井寺に到り,十二番・焼山寺への山越えに挑む.  歩き始めは,正午頃か? 11時頃か?  林間人なし.
  焼山寺到着時刻,16時ごろ. 次の十三番・大日寺(阿波・一宮)まで,八里を超える. 途中,歩き,かつ,眠る.
  月のない夜で,星は美しいが,人里を過ぎる度に犬の遠吠えに迎えられ,送られる. 樹木の茂る車道では,白線が五歩先までしか
  見えない. 行く車,来る車30分以上遭遇しないときもあり,一時間余 「犬にさえ,相手にされない」 刻さえあり.

  十三番へは,早暁到着. 夏と言えど,寒い. 通過した,主な町・村落は,上山温泉/立見峠/一の坂/鬼籠野 [おろの<永い間,違った読み方をしていた. 恥ずかし.>]/赤坂

  十四番・常楽寺,十五番・阿波国分寺,十六番・阿波観音寺を経て,徳島線・府中 [コウ] 駅から帰途に就く.  
  総計60kmか,それ以上か?


 ○99年1月16日(土曜) [歩き]
  徳島線・府中駅に降り立ち,観音寺へ. 十七番・井戸寺へは近い. 十八番・恩山寺までは,徳島市内を横切って,20km程度の
  ところを,新浜[シンハマ]町のハリトリス正教会 [通称・ロシア正教会] の門前を過ぎた. 5〜6km 迂回したであろうか?
  正教会のイコンを見たいのが本心であったが,遠慮した.

  恩山寺からは,小松島経由でバスで徳島駅に戻り,帰途に就く.


 ○99年3月 [自転車併用(初回)] 2001/09/15 一部分加筆
  7kg半の折りたたみ自転車を併用することにした. 牟岐線・南小松島駅で降り立ち,まず,恩山寺に達する.
  十九番・立江寺では,この旅で初めて梵鐘を意識した. それまで,意識下にあったが,「昭和23年再鋳」 に感銘を受けた.
  二十番・鶴山寺へは,最後の5kmで自転車を背負う. 更に,二十一番・太龍寺への山道6kmも,当然,担う.
  太龍寺の下りは,時間の繰り合いのため,ロープウエーを用いた. 二十二番・平等寺に到ったが,夕暮れで境内には入れなかった.
  「賽銭泥棒が横行するから,夕暮れ以降閉門」 の掲示があって,残念な心地がした. 盗も盗なり,僧も僧なり! 末世.
    <2001年夏 再詣したら,「泥棒 云々」 の掲示はなかったが,17時閉門は定法(?)通りであった.>

  牟岐線・新野 [アラタノ] 駅から帰着・・ マリンライナーの始発で発ち,終電で帰る.


 ◎99年5月8日 [一泊の初日・自転車活用]/累計8日目
  マリンライナー2番列車に乗る. 牟岐線・桑野 [急行停車駅] に降り立ち,平等寺を目指した. 道路標識距離・室戸まで110km.
  寺まで,3キロ半のところを,路を違えて,同じだけロスした.
  二十三番・薬王寺までは,国道55線経由で,およそ22kmのところ,途中から浜路に下り,由岐/田井ノ浜を経由.
  県道289号経由で国道に戻って,薬王寺の門前に到る. 薬王寺では,「青木一郎・音響設計」 の梵鐘に逢う.
  鯖大師までは,安全を目指して,国道55号に依る.

  番外・鯖大師から,約四里走って,甲浦 [カンノウラ]・白浜に泊まる. 甲浦は,既に,土佐の国・高知県.
  室戸(市)まで約45km,岬まで約 40km.




  土佐の国


 ○99年5月9日 [帰還日・終日鞍上]
  専ら,海沿いの道 (主に,55号) を走る. 起伏少なく,10m 程度下の海浜/岩礁には,漂流物多数.
  40km 走って,二十四番・最御崎寺/灯台に到る. 品格の悪い大鐘に遭遇.


  二十七番・神峰寺まで済ませ,安芸市でバスに乗って高知駅から帰った.


 ○99年9月9日 [日帰り・自転車] 累計10日目
  9が並ぶ日だったが,5時台に岡山駅を発って,土讃線・土佐山田駅から歩き始めた. 8時8分だった.
土佐山田から南へ進み,二十八番・土佐大日寺から始めた. 先回は,二十七番・神峰寺からの帰途,安芸市でバスに乗ったので, 少しだけ路が途切れたことになる. 


  三十三番・雪蹊寺には旨く到達できなかった.


 ◎99年9月19日 [一泊の初日・自転車]
  高知駅から,約 8km ,三十三番・雪蹊寺にいたって、ここから始める. 今回は容易に雪蹊寺に到達できた.
種間寺は,自転車では近い感じ,清瀧寺へは 「あじさい街道」 などを経由するが,平地で安易な道.
青龍寺から西へ行くのに,スカイラインを採ったのは失敗であった. 起伏に難儀して,予想外に時間を失った. オオノゴウから 列車に乗った. ・・・岩本寺を夜半に参詣・・・事実上パスした.

 ○9月20日 [一泊の二日目・自転車] 累計12日目
  宿泊地・中村を後にして,ひたすら足摺に向かう.



  三十九番・延光寺を詣でた後、くろしお鉄道・宿毛駅から帰途につく.


 ◎2000年4月8日 [一泊の初日・自転車]
  半年あまりの空白の後,ようやく到来. 気がつけば,甘茶祭りの日であった.

  この日の道半ばで,国ざかいを越えた



  宇和島に泊まる.




  伊予の国



 ○2000年4月9日 [一泊の二日目・自転車]


  明石寺を詣って,大洲から帰途に就く. 二日間の総計距離は,200km に達しただろうか?



 ◎2000年7月15日 [泊まり・岩屋寺前]自転車活用
  2週先の7月30日を既に予想していたので,それに合わせてスケジュールした. 内子から出発. 大宝寺へ.
  379・380併設線から,380号線を進み久万町落合で33号線に合流. 途中,県道42号線に迷走,往復約3km.
  更に,岩屋寺へ. 夕刻到着し,到着参りのみ. 門前の民宿で,『遍路プロ (コンダクター)』 と同宿.

 ○7月16日 [帰宅日]自転車.
  岩屋寺を詣でて,同じ経路を戻る. 33号線に乗り,ほぼ北上. 三坂峠 (706m) が圧観! 押し登ること7〜8km.
  塩ヶ森トンネル直前で四十六番・浄瑠璃寺側へ降りる. 四十七・八坂寺,四十八・西林寺を経て,浄土寺,繁多寺と進み,
  五十一番・石手寺に到る. 帰宅.
 


 ◎2000年7月30日 総て歩き
  前日,松山駅前に宿泊し,そこから早朝出発.
  五十二番・太山寺,五十三番・圓明寺,あとはひたすら歩く. 途中,番外・青木地蔵 (加持水) の奉納義足の山に圧倒された.
  後半,村雨. この頃から,足許を見つめて,マンホールの写真を撮り始めた.
  JR伊予亀岡から乗車 [延命寺まで 5〜6kmを歩き残す]



 ◎8月27日 [泊まり・伊予西条] 総て歩き
  JR今治に降りて,逆行・延命寺 [五十四番] に. 打ち戻りの形で,五十五番・南光坊,順に泰山寺,栄福寺,仙遊寺と進む.
  伊予の国分寺・五十九番を済ませて,伊予桜井乗車,伊予西条駅前に宿(飛び込み)を見つける.

 ○8月28日 [帰宅日] 総て歩き
  六十四番・前神寺から六十番・横峯寺へと,完全に逆打ちする. 香園寺 (奥の院経由)/横峯寺の間は同じ山間林道を往復
  時間配分と,総歩きの関係で,五十九番から六十番の間30kmをスキップした結果になった.
  宝寿寺まで戻って (実は順路),伊予小松駅から帰途に着く. 更に,一泊するかどうか,強く迷ったが...



 ◎2000年9月3日 [第一泊・伊予三島] 自転車活用
  六十四番・前神寺の近辺まで接近の後,東進することにする. つまり,西条,新居浜,三島へと約30km行く. 
  番外札所のみ参詣して終わる. いわゆる,伊予街道 [旧街道] を行くことになり,その意味では明快で,非常に単調であった.





  讃岐の国

 ○2000年9月4日 [第二泊・伊予三島] 雲辺寺を目指すので歩き
  先ず,六十五番・三角寺へ. 次いで,六十六番・雲辺寺を目指す. 途中で,番外・椿堂参詣.
  雲辺寺から小松尾寺・大興寺 [六十七番] に降り,本山寺門前を経てJR本山駅から乗車 (観音寺乗車が順当?).
  雲辺寺の登り(登山口から)約二時間半,降り約二時間は懸念に及ばず,平地(舗装・緩降)の大興寺までが却って長かった.

 ○9月5日[帰宅日] 自転車活用
  JR三島駅から観音寺駅に到り,神恵院/観音寺 [六十八/六十九番],七十番・本山寺,七十一番・弥谷寺から
  七十七番・道隆寺まで進む. 徒歩ならば各々2〜3時間余の間隔を30分未満で到達する. これでよいのか?
  JR多度津駅から帰途に着く. 駅を見つけるのに,やや時間が掛かった.



 ◎9月10日 [日帰り] 総て歩き・杖同行
  JR多度津駅で降りて,道隆寺を再び詣でて,七十八番・郷照寺へ. 高照院・天皇寺(七十九番)から,八十一・白峰寺,
  八十番・国分寺へと逆打ち [此処で夕暮れ=大師堂は閉門になっていた] 白峰寺への途で夕立雨.



 ◎2000年10月9日 [日帰り] 総て歩き
  ひと月振りであった. 先に,白峰寺から八十二番へ行くのを諦めて,帰宅したので,八十番・讃岐国分寺を再詣.
  同・大師堂に参って,北進. 『遍路ころがし』 を,今度は登るわけだが,殆んど問題はなかった.
  八十二番・根香寺からの降り,郷道に出る手前で,大降りに遭遇した. 林間に60分余雨宿りした. 
  平地に出たとき,東向きの予測が北向きに降りて,15分程度方向感覚失調. 八十三番・一宮寺 [讃岐] に到る.
  総行程二十キロ余り. 八十三番の途中,番外・香西寺に参る.



 ◎  月 日 [半日・日帰り] 総て歩き
  八十三番の門前から,屋島寺ケーブル下まで歩く. 出発が遅かった故,札所寺には,ひと寺も詣でなかった.



 ◎11月 日 [日帰り] 総て歩き
  八十四番・屋島寺,八十五番・八栗寺,八十六番・志度寺から八十七番・長尾寺に到る.



 ◎2000年12月23日 [日帰り] 総て歩き
  またしても,一月振りであった. 結願出来た. 往復で,30km 弱だったろう.