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  Photo Muse. est’ed 2nd Jan. 2006

 旧版では、意識的に文字一辺倒に徹しました。
 新版を立ち上げた機会に、昔の写真も含めた
 映像を掲示することにしました。


      メモに依ると、2000年9月雲辺寺山頂近くにて ⇒
                     (アナログC/スキャナー)


                                              写 真 館















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  ◎ 雲辺寺 の山頂近くで  [2006/01/02 掲示]
  近頃は、在所の近くで山路を歩いていると、何が捨ててあっても驚かなくなった。  上に掲げた写真は2000年の秋に雲辺寺路で得た。   雲辺寺へは、二度目には讃岐・ 本山側からロープウェーを使ったが、最初なので、伊予三島に宿を取って、キッチリ歩くように組み立てた。
  雲辺寺といえば、その名も示す通り、札所の中で一番高い雲の上の み寺である。  高いところまで、農協推奨の蔬菜畑があるから、これも農夫の忘れ物なのであろう。   谷底から引き上げられたのかもしれないが、この 「物体」 は林間の踏み分け道に、今エンヂンが停められたかのように置かれていた。  見ての通り、車輪は外されているが、 コンビニのポリエチ袋が提げられてたままなのが不気味である。  色即是空・空即是色。

                   

  ◎ 宿毛駅 旧・駅舎  [2006/01/02 掲示]
  大方の人には、JR アマガサキの事故は大きいショックであったろう。  筆者も、驚きと、悲しみと、怒りに打ちのめされた。  個人や、ある特定集団、裏づけの外された 「民営化」・・・ と怒りの対象は果てがないが、此処ではそれは措く。
  私個人としては、その少し前に起きた、土佐くろしお鉄道の宿毛駅(終端駅)での、突入・激突事故の象徴性に心を痛めた。  一時は、この、JR 体制から切り離された、 短い鉄道路線の存続さえ危ぶまれた。  多くの人の尽力で、05年11月に復旧したが、在りし日の駅舎の影像を掲げてみる。  列車は、奥の方から、高架でほぼ西に 向かって走り込んでくる。     初巡の記録 土佐路

            99年秋 (アナログC/スキャナー)