7年を経て[7years off-Bed]

既に書きましたが、私が居た仕事場にしては、朝早い時刻に電話のベルが鳴ったのは
10月の初めでした。
それから、お陰で、七年の歳月が経ちました。
『事もなく過ぎた』 とは言いませんが、適宜に動けていることはありがたいことです。

◎  ◎  ◎

私は映画のことは良くわからないが、「7Years in Tibet」 ってのがあるのだそうですね。

08・10・19    また、稿を立て直して続けます。


   9年経過を目途に、またページを変えました。 「FA宣言?!」 へ移動して下さい。
                                                            FA宣言 [クリック]

   腫瘍マーカー値が [2010・06・16]

 15週ほど、腫瘍マーカーの値が上がり続けています。 例によって、主治医が心配して下さるのに、当人が驚きもしない状況です。
脳に転移していないか調べるために、MRI を受けました。 「転移はありませんでした」 『あ、有難うございました。 脳血管が破れているってことは
ありませんでした?』 などと寝呆けたことを言うものだから、陪席の若い医師が驚きます。 主治医も私のピンボケ問答になれたもので、
「特別に、自覚症状はないのでしょう?」 『ですよね。 破れたり、詰まったりしていたら、普通は、自分で気がつきますよね。』 「そうです。」

ただ、マーカー値が下がらないので、化学療法 (点滴) に切りかわるかも知れません。  

    梅雨の時期だから、通うのは面倒ですけど。  こら、こらぁ〜なんて、横着で、ぜいたくな患者! 

    帯状疱疹の後遺は治りません。 鎮痛剤の副反応はないけれど、「ほんとに」 痛みだしたら、どうしましょ?!

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  水疱瘡のリベンジ [2009・10・20]

還暦とは、60年の人生をチャラにすることだと言います。 だとすると、今11歳半です。  突然、幼児期の水疱瘡のリベンジを受けました。
医学的に正確に書くと、幼児期の水疱瘡のウィルスが、神経索の中で眠っていて突然目を覚ます、帯状疱疹だそうです。

痛いのは言うまでもありません。 痛みに鈍感な熊さんが呻くのですから。 レキソニン系の鎮痛剤で凌いでいます。 抗ウィルス薬も使いました。

専門書を見ていませんが、多分、面積において最大級だと思います。 
言葉にしたくないが〜〜 夏休みの宿題に縫って提出する、学校のぞうきんを胸と背に一枚ずつ貼った感じです。

胸の締め付け感、胸郭内外の随所の痛み。 神経系の直接的な痛みなので、嘘と実と両方あると思います。 
ひとつの医学的仮説を思いつきました。 また書きます。

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  医学的仮説 [2009・11・01]

素人が幾つかの医学的仮説を掲げるものだから、主治医が呆れています。  私の場合は、陪席の若い医師や医師未満の(卵医者の)実習生の
いる中で提唱するので、教育的には良くないかも知れません。  たとえば、『脱水症になるほど動くと、胸水が消費され胸が楽になる』 というのがそれです。
主治医は 『大体、そんな無謀なことする患者はいないでしょう』 と受け止めてくれます。 〜〜この話は下の方で書いたかも知れません〜〜

『夏の季節は、(汗をかいて) 血液濃度がやや濃厚になるので、血中の腫瘍マーカー値がその分上昇する』 だから 『他の(上昇した)標準蛋白値で割り算した
ものが正しい予測を示す』 というのもあります。 高々表示値の2〜3%だとすると、「5.0」 が 「5.1」 になるかならないので、測定誤差の範囲内だが、
真面目な顔をして言うものだから、まじめに検討して下さる。 
  (今のところ、「標準蛋白」 の値は得られていない。 計器に掛かるほど、血液が濃縮されるというのも、多分、妄説である)

今回の帯状疱疹の経験則は、『脳でなく、神経系自体が、8年前の手術の体験を覚えている』 というものです。 神経索がずっとストレスを溜め込んでいたのは
多分間違い無いが、胸郭の周りの締め付け感/横隔膜の底のキシミ感/胸骨の底部の間歇的な差し込み/ などは術後1週間の麻酔コントロール(脊髄膜下
モルヒネ措置) されてなお経験した痛み、あるいは虚構痛み、を思い出させるのです。

「虚構の痛み」 というものも、医学的には正しいのかどうか判らないが、経験的には、実の痛み と 虚の痛み (確かに痛いのだが、肉体の部位と感覚の
示す位置が一致しないもの) があって、ほぼ区別できるというのが実感なのです。



 静かに、9年目に入ります
[2009年10月4日]

実は、私たちは、「帰国子女」です。 そんな言葉が未だない、丁度60年前(1949年)、舞鶴港に上陸しました。
中華人民共和国の建国の日から4日目です。
「舞鶴港に上陸」 という言葉の意味を知る人も少なくなりました。

約一週間前に舞鶴を訪れ、覚えている筈のない街を歩きました。 『記念館』や『公園』にも行きました。
上陸後、約七日間、寮に検疫隔離され、すぐさま列車に詰め込まれて、それぞれの故郷に帰ったのでした。 寮も、既に、ありませんでした。

訪問二日目の舞鶴では、目的をがらりと変え、自転車屋の爺さんを無理やり口説き落として、自転車を借り、20km余り走りました。
明治新政府の官製の石文を探して、丹後/丹波國境の碑に遭いました。
明治一七年(1884年)銘なので、帰国の日から、更に60余年タイムトラベルしたことになります。




 アス社から表彰状を貰いました
[09年09月09日]

大きな問題もなく、イレッサを続けています。  断続8年、製造元から表彰状を貰いました。          嘘です。




  巴里祭の宵が過ぎて 〜ぼちぼちでんねぇ〜  [09・07・15]

  「巴里祭」 という言葉自体は、二昔、三昔前の日本人には不思議な響きを持ちながら、特定の日時を指さない妙な言葉です。
今のようにグローバルになり、だけど地方時があるから、時差からは抜けきれない生活では。  
ともあれ、私個人にとっては、この日は大きな通過点で、昨年もこの日ごろに、近況を書いたかも知れません。

  この欄にもすっかりご無沙汰です。

  兎も角、便りがないのは何とやらで、生活に大きな変化がないということです。  相変わらず、ODM (岡山市デジタルミュージアム)
のボランチは楽しく やらせて頂いています。  直接取材活動は、かつての、10日に2回 / 2週に3回程度の頻度 (同じことかぁ)
よりは少し下がったが、図書館の調べ物や、在宅の画面操作作業に 費やす時間は増えたかもしれません。
  具体的に、体調のことを書くならば、化学療法と経口錠剤を切り替えながら、今は錠剤 (○レッサ) の季節です。  
夏は、経験的には、指標値が上がって、 秋口に化学療法に切り替えることがありましたが、今年はどうでしょう?  
4週間ごとの定期検診を、○レッサの2週間オン−オフのサイクルを勘案しながら、 6週間ごとの経過観察に伸ばしています。

  アメリカでは、野球のオールスターとかで、TV画面ではイチローがオバマ大統領と会って、「What’s Up?」 と問いかけるとか、
問いかけないとか はしゃいでいます。  日本語で表現すれば、「調子どうです? (仕上がりは良いですか?!)」 の感じでょうか?  
私が、イチローに、そのように訊かれる ことはないけれども、太郎さんにも純一郎さんにも聞かれる心配はないけれど、
     『ぼち、ぼち、でん’ねぇ〜』



  もう少し詳しく書くなら [08・11・03]

  2週間に一度通院する化学療法ですから、14日を5日ずつの3つのペリオドとして考えます。
  医学的には乱暴でしょうが、 自覚症状から言えば、最初の5日は主剤と併用剤の直接的な効果だと考えます。   
実際、臨時的に(約48時間は)、見掛け体重が増えます。  多いときにはプラス3kgです。  
いわゆる、MoonFace になります。 <70翁のムーンフェースは滑稽です。>
時々の基本的な体調にも依りますが、この期間は、主として腎臓系の状況を強く映すように考えます。
  第2のペリオドからは、筋力の低下が出ます。  例えば、2階への階段の昇り降りで足が縺れたり、
軽い こむら返りを経験したりします。  肝臓系の状況を映していると理解しています。
ただ、この時期に注意しながら動くことは、私の場合は、結果として悪いことではありません。
  第3のペリオドは、なんとなく、漠然と体がだるい季節です。  1、2ペリオドの状態が、今では、予測できる
のに較べて、このときの状態には幅があります。 私の理解では、赤血球の状態も含めて、血液像の状態に依存すると
勝手に考えています。

  いずれのペリオドにも、特別に 「安静に」 しないでも凌げることは有り難いことです。

  ここに書いたことは、恐らく、純粋医学的には乱暴な考えです。  加えて、「(現在のステージの)私の場合」 であって、
個々のステージ(病態)/基本的な体調/与えられた環境〜〜に依存することで、誰にでも当てはまることではありません。  
私としては、このような物差しを用意して、日々の状況を測りながら、運動量/食事も含めた日常活動を決めているわけです。

  いま、その第2ペリオドの真ん中で、つまり、14日の中日(なかび)というとろです。  今回は、肝臓が少しお疲れです。  
やや食欲が落ちています。



今は [08・10・19]

  二度目の 『○ベルビン』 点滴のシーズンです。  14日周期で言えば、第6が終わろうとしています。  医学世界では28日周期で、14日間隔の、裏表2つで1クールの投薬と表現します。  その意味では、「第3クールの裏」 です。
今はまだ詳しく書きませんが、足の裏を中心にした痺れが少しだけ出ています。   その意味では正念場です。  指先の違和感は、今回のシーズン当初 (8月初め) からありますが、一進一退です。
  私の体質には、この薬は副反応が少ない方で、食欲不振は、先回も含めて、余り出ません。  ありがたいことです。  え?  鈍感なだけだって? ですね、鈍感も体質の 内です。  個性の内です。 

  鈍感体質は、「動こうよ!」 と囁き掛けます。  今までの延長線が成り立つならば、動くのは(今の私には)悪いことではなさそうです。  点滴通院にバスに乗ると、45分、時として70分ほど時間が 掛かります。  先回の、10数ヶ月の点滴シーズンでは、安定した最終段階には、天気の良い日には自転車で往来して、関係者に 「叱られ」 ました。  でも、私はその選択は好きです。   45分あれば確実に到達できるからです。

  今は、永かったこの夏の暑さが納まりきらないので、バス通院を選んでいます。  が、14日周期の間で、安定期には、纏まって自転車に乗ります。  日々の2〜3kmの用足し 以外に、図書館(往復10km余)に行ったり、ボランティア出動(往復15km弱)、関連の取材サイクリング(往復で40〜60km)に出ますから、メーターをつけて 試してみたら、この14日では100km程度の数字は出そうです。  普段自動車に乗る人には信じられないらしいが、50km程度のサイクリングとは、平均時速10kmでユッタリ走るので、5〜6時間のものです。

  かくして、結構忙しそうに過ごしています。