またまた・病のこと


バランス


2004/02/15 アップ [退院から間もなく弐年]

順不同で,少しずつ書いて居ます.  時間の流れは,大きい区切り線迄は、上から下です.
大きい区切り線ごとにスタックアップしています。




またまた イレッサ [2007年12月7日]

服用薬イレッサに戻して、2ヶ月ほど経ちました。
医学的理由を詳しく書くのはよしますが、戻して、約1ヶ月でマーカー値が、一瞬、基準値を切りました。
数日後にまた検査に行きます。

税務署には内緒ですが、「○○○ビン剤」 の販売メーカーの 「△△醗酵」 の株を買ってみましたら、
過去13か月分の点滴の個人負担ほど儲けさせて呉れました。

変な、どころぢゃなく、酷い患者です。 焼酎で乾杯? そんなことしませんよ!
え? 次の買い銘柄? 内緒です。



ホバリング [2007年10月] 時の流れが乱れています

手術から5年半を経過してた私のような状態に成ると、画像判断ではなく、マーカー値を目安に治療が進行します。
この一年は、その数値が目安のプラス20%程度のところで浮き沈みしています。
小さな後遺症を除けば、自覚的には全く問題なく、昔のように自転車で走り回っています。

その、上昇も地面激突もしない状態を 『ホバリング』 と自称したら、主治医が気に入ってくれて、どうやら、仲間内で流行語になったようです。 
それを言い出した人も、「流行語大賞」 ノミネートを教えてくれる人も変な人です。

今は、「変な人」 に徹して、動けることに感謝するわけです。



点滴のこと [2007年10月]

実は、この一年、正確には13ヶ月通院点滴を受けていました。 「○○○ビン」です。

『男の散髪』 って名付けたのですが、リクライニングシートに坐ると、45分から50分で帰れます。
初日に、終わって、『これで、「ジン・トニック」 とは言わないが、「アールグレー」 の一杯でも出れば最高!』
と言って、婦長さん、いや、師長さんでしたね、にキッと睨まれました。

通院は週に一回ですが、隔週であったり、2週間連続、同休みのオンオフだったり。

治療方針が変って [2006年9月〜10月]

『通院型点滴』 の対応試験のために入院しています。 逐次書いて行きます。

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戯れ唄

あ’たま磨かざれど光増し

ジョーク

医師に 「薬がスッカリ抜けて清々しい」 と言ったら、隣のベッドから声がかかって、
「そうか、スッカリ(髪が)抜けたか〜〜 スカスカするじゃろう!!」



  雨多き五月に [2006年5月]
  今年の晩春初夏は雨の多い天候です。  合間を見て、端午の節句に四国六十番・横峰寺へ歩きに出て、月央には県南を自転車で走りました。  いずれも薬の影響は残っている刻でしたし、各々25kmほどの道中を予定していて、暑さは堪えましたが、楽しい時を過ごせました。
  毎日が日曜の身分で、しかも気がつけば 「ジパング倶楽部」 特権が使えない日を選ぶことはなかったのに、横峰さんの 「シャクナゲ」 に招かれたからです。  エエカゲンな遍路ものです。  期待に違わぬ眼福でした。
  県南のサイクリングの目標は、畏敬する芸術家夫妻のアトリエ訪問でした。  文字通り、「にほひたつ」 緑の中を走りました。  道を間違えて、10km以上も遠回りしたのは愛嬌でした。

  前にも書きましたが、大汗をかくと脱水状態になり、胸水が減ります。  一時的に、痰様の湧出物が減って喉が楽になります。  主治医は、微笑されるばかりで、良いとも悪いとも言われません。  医学的には証明できていないことなのでしょう。  幾らか過大な負荷を掛けていることにあきれ果てて、「匙を投げられて」 いるのかも知れません。
  もひとつは、・・・ 私は、民間療法的な 「体に良いもの(食品/補助食品)」 は試したことはありません。  ただ、習慣の一部として、「にんにくの梅漬け」 の類は時折り食します。  そのときと、イタリア料理/中国料理でにんにく味のものを摂った後は、24時間ほど気管支周りが楽になります。  これも、「学説未満」 のことです。


  退院から4年 [2006春分の日に]
  春分の日に、主治医の抑止を振り切るように退院したのを思い出します。  更に、6〜8週間の Chemo を奨められていたけれど。
  良かったのか、悪かったのか、結局のところは誰にも判りません。  現況として言えることは、いま、生かされているということです。

  ほぼ、60ウン歳相当に、動けていることです。  イレッサの呑み始めの日に、遍路路をのんびりと、四里ほど歩けました。  有り難いことです。
  呑み納めの日に、朋輩の祝い事の席に混ぜてもらいました。  これもまた、佳き哉。


  マイ・ヴァレンタイン[2006.02]
  相変わらず、2週間ごとのON/OFFで、イレッサ嬢、違った、錠剤のお世話になっています。  マーカー数値を見る限り、抑制が効いています。  平面レントゲン写真で見るのでは、クリヤーです。  年末に同じことを書いたかな?
  写真には錠剤の影響の曇りも出ません。  副反応は、いずれも和らいで、しかし、2週間の最後の4〜5日は身心状態がクレージーになります。  どこがどうと言うことではないけど。
  にもかかわらず、14日には、ボランティアの仕事と、それに関連した調べごとで、平野部を自転車で4時間ほど走り回りました。  40km程だったでしょうか?  目的は、1300年前の「条里制」の地上遺構を探る作業ですから、『輪行六十余里』 と言って悦に入っています。  往時の一里は、650mほどだったと理解されています。  その程度の気力体力が維持できていることは有り難いことです。

  チョコレート色と言うには赤みが強い錠剤が、あと3錠残っています。  保険の恩恵に預かっていても、この3錠で、ゴヴァティエの抱え込むほどの大きさの一箱と取替えが利くのです。


  5年目 [2006.01.12]
  ◎ まる4年 生かされました。  感謝です。  8時間ほどの眠りから醒めたのは、15時半だったと記憶しています。  丁度枕元の、視野の右上に掛け時計がありました。  回復室だか静養室だか、室の名称は忘れましたが、未だ、外科の手術室領域に留め置かれいて、看護婦(その後看護士に名称統一されて・・・)の人が覗き込んで呉れました。  10月の、結果として、試験切開で終わったときには、実習の看護学生が付いてくれて居ましたが、このときはどうだったか?  その後だったか?  多分そのときは、未だ、看護帽(ナースキャップ)も制服の一部だったのでしょうね。

  そのとき、「おお、生かされたのだ」 と思いました。  今もしみじみそう思います。

  ただ、人間は、次第に欲が芽生えます。  そんなに大それた、物欲、金銭欲ではないが、行動欲と言っておきましょう。  別名・・・ 今頃になって、引退2年ほど経過して、「抗引退シンドローム」 と呼んでおきましょう。  周囲の人に言わせれば、『出歩き症候群』だそうですけど。  これは死ぬまで治らないそうです。  徘徊老人にならないよう心懸けませう。



  この半年 [2005.12.31]
  ◎イレッサ は続いています。  で、マーカー値は、抑制されています。  劇的に下がらなかったので、2Week ON/OFF です。  ただし、胸の平面写真は一貫して綺麗なので、半年近くお休みでした。  CT も急いで調べる必要はないという判断です。
  淡い痰は止まりませんが、まあまあ、日常生活には差し支えないところまで、体の方が立ち直ってきた感じです。  春から、7月末まで、(厳密には、9月まで幾らかの仕事が残りましたが)、某私立大学に週一の非常勤講義に出ることが出来ました。  自転車で、片道35分、ここでも、若い人たちにエネルギーを貰いました。  感謝感謝です。

  ◎普通の風邪 去年、12月末に風邪を引いたが、今年は11月末に鼻炎系の風邪に罹りました。  近所の専門医院で、市販薬より緩そうな薬を貰って、三日半で収めました。  トータル5日でした。  微熱/節々痛まず/咳弱し・・・ で、流感でないと判断できました。  起きて48時間後、木工展で是非のものがあったので、チャリで片道90分の路を往復しました。  大きい問題はありませんでした。




  この半年 [2005.06.27][06.30 加筆]

  ○低空飛行  05年になって、この半年に受けた主な検査は、CT 2回、MRI 1回。  記憶は、あまり正確ではない。  結論的には、「リンパ節痕は縮退、胸郭の外には出ていない。 マーカーは『低止まり・保合』」である。  主治医の言葉では(暖かい眼差しで)、  「(腫瘍マーカーとしては)XXず、○○ず ですね。」 だが、あまり医学的表現でなく、コトバにするとエゲツナイので、 伏字にしておく。 「低空飛行」 と言い直しておく。
  私のこのところの感想は、友人に書いたメールを再現すると、「映像がスッカリ消えるよりは、小さく写っていて、居所が判るる方が 納得がゆくのです。 負け惜しみじゃないですよ。 『屋根裏のネズミさん』 みたいなものでね。」

  ○イレッサ この錠剤の罪状は色々言われているが、私の場合は、効果が認められます。 映像が鎮まるだけでなく、 主要な指標が抑えられます。 微熱・掻痒・軟便・「胸騒ぎ」と自称する症状 は開始100時間で発症し、150時間ぐらいには、 いくらかハイ状態になります。  また、この頃に、頭皮にニキビ状瘡、時折足の筋肉の軽い引き攣り(こむら返り)、軽い頭痛 が出ます。  カミサンに言わしむれば、「攻撃的」 に成るようです。(ヴァ○○グラの意味ではなく!)   主治医の意見では、「攻撃的」 という所見はないそうですけど。  それと、顔つきが悪くなります。 例えて言うと、 「山崎務が疲れた」みたいな貌・・・ かな?



  一進(?)一退(?)[2004年末 一括記載]
  ●映像検診  04年2月以来、10ヶ月ほどの間に、胸腹部併せて3回(CT)/頭部(MRI)・骨シンチ各1回 の検査を受けた。  胸部以外には、映像は出ない。  11月央の CT では、左肺の郭清されたリンパ節跡地に、かすかな翳り が出た。  しかし暫く静観。

  ●イレッサ休止  特に深刻な問題が出たわけではないが、映像的に進行が鎮まっているのと、腫瘍マーカーが 「低止まり」 したのを受けて、  から服用を休止した。  新種の薬剤 [日帰り点滴] も含めて、新年2月半ばまで、 薬剤FREEで推移観察中。

  ●後遺症  イレッサの併発症・副作用では、幸いにも、特記するものはなかった。  細かく言えば、5つや6つの 訴えはあるが、日常生活に差し支えるものはない。  これは、学術的には疑問視されているが、家人の言うには、『服用中は 「攻撃的に」なる』のだそうだ。  「いらつく」 ことはあるかも知れない。
  外科手術・抗癌薬剤(点滴)・放射線照射の後遺症では、他のところにも書いたかもしれないが、『放射線肺臓炎』 と いうのだろうか?  淡い痰のような分泌物は、3年経っても、止まらない。  寒い風に当たったり、風邪に罹ったら、 分泌量が増える。  その不快感は、言葉や文字で説明するのは難しい。

  ●運動・活動  私の場合は、普通の歩行や平地の自転車程度は、大きい妨げにはならない。  確かに、心肺への 負担は増える。  安静から動き始めると、20〜30分は不快感も増す。  しかし、それを過ぎると、また過度でない 運動・活動の後の12時間〜24時間後の身体状況は、良好になる。  精神的な解放感の影響もあろうが、いくらか体温が 上昇したり、分泌物の増量でクリーニング効果が生じたりすると思っている。




 消えては映る [2004.02.15]
  ●定期検診 (CT)  今は、12〜16週に一回CTの断層写真を撮る。   とりあえず、胸部だけである。
  血液中の 「腫瘍マーカー」 と呼ばれる指標値からも、いくらかの判断は得られるが、数値は 「通常検体の上限値」 辺りで小さく変動するだけである。  つまり、どちらとも言えない。

  2月の上旬に、昨年10月末以来の CT 検査を受けた。  主治医は、少し口篭りながら、「私達内科医の眼では 視えないが、放射線科の読影医師がチェックするような影を見つけた。」 「読影医師も、血管の垂直断面かどうかは断言は出来ない。」 と伝えて呉れた。

  厳密に言えば、「昨10月末の画面を再読したら、当時仮にマークしておいたスポットが今回再現した。」 という 判断だったらしい。  ここでも、検出限界の近くで、推移していると言うことらしい。  『12週間経って、 大きくなっていない』 と理解すれば、朗報なのであろう。  イレッサ服用の効果と言えるのであろう。

  ●??  2001年10月に、左胸の腫瘍は 『枳殻の実』 程の大きさがあった。  今から思えば、それは、 どれだけの歳月を経てその大きさになったのだろうか?  もし仮に、仮の話だが、手術もせず放射線・抗癌剤も 施さずに、一年間観察したら、どんな時間経過を辿ったのだろう?
『よく、他人事みたいに言えるねぇ』 と周囲の人は言うが、サイエンティストの端くれとしては、知りたいところで ある。  が、試すわけには行かない。

  今の医学知識では、癌の進行速度は、細胞診断である程度予測できるのだろうが、「2〜3ヶ月様子を見ましょう」 という診断は聞いたことがない。  (生活地域・生活状況から考えて、最良で最新のサポートを受けて、今があるの だから、)今の医学に異議申し立てする積りはないが、『直ちに (1〜2ヶ月を待てないほど) 治療を始めなければ ならない』 か否かは、患者や周囲のものにとって、本当に知りたいことである。


 検査と言うもの 

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